みどころ / 展示構成

みどころ

新選組袖章

新選組袖章 霊山歴史館蔵

Highlight 1

最新の知見を加味し、新選組の実像に迫る!

銘 和泉守兼定

刀 銘 和泉守兼定 土方歳三佩用/土方歳三資料館蔵 写真:土方歳三資料館提供

Highlight 2

土方歳三の愛刀・銘 和泉守兼定を
両会場で展示!

展示期間

福島会場:7月23日(土)~9月19日(月・祝)

京都会場:10月1日(土)~11月23日(水・祝)

近藤勇書簡(部分)

近藤勇書簡(部分) 小島資料館蔵

Highlight 3

近藤勇、土方歳三、沖田総司…。
新選組隊士の胸中が息づく、
隊士直筆の書簡を一挙公開!

展示構成

プロローグ

尊王攘夷の幕末

一八世紀後半のロシアの南下以降、日本の社会では対外危機と海防を主張する攘夷思想が勃興する。嘉永六年のペリー来航により、攘夷は全社会的な課題となった。幕府は、熱烈に攘夷を主張する孝明天皇の意向を押し切り、開国を強行した。開国は経済的な混乱をもたらし、幕府は国政担当者としての正当性を急速に失っていく。「尊王」と「攘夷」は、民衆から大名までに共通する政治目標となった。

浦賀湾インキリス船渡来之図

浦賀湾インキリス船渡来之図 会津若松市蔵

京都守護職と
多摩の草莽

天保五年、多摩郡上石原村の宮川家の三男として勝五郎が生まれる。当時の多摩地域の農村は、治安の悪化によって自衛する必要に迫られ剣術が隆盛していた。勝五郎は天然理心流に入門して頭角をあらわし、天然理心流三代目近藤周助の養子になり、土方歳三らとともに切磋琢磨する日々をおくる。天保六年、江戸四谷高須藩邸で藩主松平義建の六男として生まれた松平銈之允は、会津藩第八代藩主容敬の養子となって嘉永五年に会津藩主となり、幕末政局の登場人物となる。

土方歳三写真・近藤勇写真

土方歳三写真・近藤勇写真 土方歳三資料館蔵

新選組誕生-
幕末の京都政局

京都守護職となった松平容保は、安政以降に政争の中心地となった京都で、孝明天皇の親任のもと治安維持に従事する。一方、幕府の浪士取立に参加した近藤勇たちは、将軍上洛に先駆けて上洛した。近藤たちは即時攘夷を主張する清河八郎達と別れて京都に残留し、将軍を中心とする攘夷の実現を目指して奔走する。京都での活動の拠点を求めるなか、近藤たちは松平容保と出会う。

志大略相認書(部分)

志大略相認書(部分) 個人蔵

松平容保写真

松平容保写真 個人蔵・福島県立博物館寄託

池田屋事件と
一会桑勢力

新選組は、松平容保のもとで政治活動と治安維持に奔走する、遊軍的周旋方としての立場を確立する。新選組が属したのは、孝明天皇を中心に、京都守護職松平容保、禁裏守衛総督一橋慶喜、京都所司代松平定敬と、関白二条斉敬、中川宮(尹宮)朝彦親王からなる一会桑勢力である。池田屋事件と禁門の変によって一会桑勢力は京都政局の覇権を握ることになる。

甲子兵燹図

甲子兵燹図 京都市歴史資料館蔵

鎖帷子

鎖帷子 土方歳三所用 土方歳三資料館蔵

戊辰戦争へ

慶応二年、一四代将軍家茂と孝明天皇の死により、一会桑勢力は正当性を喪失していく。一橋慶喜の将軍就任後、新選組は松平容保の元を離れて幕臣となる。慶応三年の大政奉還・王政復古ののち、京都で軍事力を持つ会津藩や新選組は、新政府の主導権を握る勢力にとって打倒すべき対象となり、慶応四年正月以降、長い戦争がはじまる。

伏見鳥羽戦争図草稿

伏見鳥羽戦争図草稿 京都国立博物館蔵

靖共隊旅宿幟

靖共隊旅宿幟 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives

土方歳三の新選組と会津戦争

近藤勇の死後、土方歳三は再編された新選組を率いて戊辰戦争を戦う。東北では会津藩の救済を求める奥羽越列藩同盟が結成され、東北戦争がはじまる。北関東での戦闘を経て会津藩とふたたび合流した新選組は、会津を舞台に維新政府と対峙し、戊辰戦争最大の激戦に臨む。

会津藩弾薬箱

会津藩弾薬箱 個人蔵・福島県立博物館寄託

エピローグ

それぞれの戦後

箱館戦争後、生き残った隊士や多摩の後援者たちは、やがてかつての仲間達について語り出す。維新後、地域社会の代表として新政府に向き合う小島鹿之助たちにとって、近藤や土方は地域の課題を背負って政治活動に奔走した英雄であり、自由民権運動のアイコンとなる。永倉新八や斎藤一もそれぞれの明治社会を生きていく。

斎藤一(藤田五郎)写真

斎藤一(藤田五郎)写真 個人蔵・福島県立博物館寄託

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